更年期障害

『月経血コントロール』トリビア!

 

「昔の人はみんな月経血をコントローすることができた!」っていう風評を耳にしたことがありませんか?

 

 

「この人オトコなのキモくね?」

 

なんて思わないでくださいね(笑)

 

昔修行系のヨガ道場に通っていた時に先生からそんな話を聞いて、

 

やっぱり昔の人はすごかったんだな!って思ったわけです。

 

骨盤底筋のことを調べていたら、こんなコラムを見たので貼り付けておきますね。

 

ご興味のある人はご覧ください!  ↓ ↓ ↓

 

 

 

 

URL:< http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20140212/p1 >

「昔の女性はできていた」?月経血コントロール本を読む Add Staryu-kuboNe-netrgfxkamanobema-fuyunasukoBkobeni_08z_piacehidamari39hidamari39hidamari39

一部で流行している「月経血コントロール」の話です。「月経血コントロール」とは、月経血を溜めておいて、トイレに言った時に出す、というもの。初めて聞く方にはえっ?できるの?という感じでしょうけど、実際やっているという方のお話もtwitterで聞きましたし、Amazonのレビューなどでも、How to本(あるんです!)のとおりにやったらできた!という感想が複数書き込まれていますので、できる人がいるのは間違いないようです。

月経血コントロールについては、「昔の女性は、みんな普通にできていた」とする言説が多く見られます。その根拠となっていると思われるのが、三砂ちづる著の「昔の女性はできていた」という書籍です*1。以下、「本書」宝島社文庫版「昔の女性はできていた」2008年第一刷を指すものとします。出典を別に記載しないかぎり、本書のページ数を指します。

  

インタビューの内容

本書は7章から成り、内容は色々な人へのインタビューです。
第1章 出会い こうしてフィールドワークは始まった
第2章 「90代の女性」が語る
第3章 「現代の女性」が語る
第4章 「産婦人科の権威」が語る
第5章 「下町の女性」が語る
第6章 「運動科学の第一人者」が語る
第7章 「”からだの知恵”を取り戻した女性たち」が語る

月経血コントロールについて三砂氏が知ったのは、ある産婦人科医が1997年に「今の90代以上の女性たちは月経血コントロールできていた」と発言したのを聞いたのがきっかけだったそうです(p.11)。そこから興味を持ち、平成14年埼玉県名栗村(「飯能の奥のほうにある、人口6000人くらいの村」)で聞き取り調査をしたときのことが書かれています。しかし、「月経血コントールに関しては、この時にはまだあまり明瞭なエピソードは得られませんでした」そうです。で、90代以上(本がはじめに出版されたのが2004年なので、その当時?なぜ○○年以前生まれ、という表記にしないのかちょっと不思議です。この項だけでなく、本書ではすべて『現在○○歳』とのような表記になっていて、具体的な年代が書かれていません。)の人たちは、綿を小さく丸めたものを膣の入り口に詰めていたことがわかりました。

その後も全国各地を訪ね、いろいろな方に話を聞きました。そこで、運動科学総合研究所所長の高橋氏と出会い、そのアドバイスに基づいて、京都先斗町60代の芸妓さんを訪ねることに。そして「そこで初めて、月経血コントロールについての具体的なお話を聞くことができたのです(p.14)」。この芸妓さんは、「月経中に懐紙などに使う紙を丸めて綿花でくるんだものを膣の入り口にちょっとだけ詰めていた、しかし、そのつめものはタンポンのように月経血を吸収させるためのものではなく、次にトイレに行くまでの間の「ふた」のようなもので、しみてくると重みで落ちやすくなるので、その前にトイレに生き、腹圧を欠けて出す。腹圧をかけるとつめていた紙も自然にプッとはずれ、ためておいた月経血がパーッとでる」と言った話をされました。また、経血を「コントロールしていた」というふうには言わず、「月経中でももれたりして失敗することがないように、意識を高めるために詰め物をしていた」そうです(p.15)。

90代以上の女性が誰でもコントロールできたわけではない」という見出しで、90代以上でも、月経の手当について、地域性や家庭環境なども大きく影響しているのではないか、として、月経血コントロールをしていなかった人のエピソードも掲載されています。一人は母親が小学校の教師だった、岡山出身の医師(94歳)。もう一人は、東京生まれの元助産婦さん(90歳)。この方たちは、母親やお手伝いをしていた家の奥さんから教わって、脱脂綿で手当していたそうです。

で、第2章から第7章です。結論から言うと、その中で、「昔、月経血コントロールしていた」具体的なエピソードを語った人は一人だけです。それは、第2章の「90代の女性」。この方は加藤さんというのですが、愛知県瀬戸市出身で、20代の頃は大阪で踊りや三味線、小唄を習い、芸の道で活躍。38歳で終戦(珍しく具体的な年代が出てくる)、以後上京して料亭で女中の仕事を10年ほどされていたそうです。そして、月経の手当については母親から特に教えられていませんでした。この方のお話を引用します。

ただ、私は若い頃はあまり月経の量が多くなかったので、月経中でも生理用品のようなものは何も使っていませんでした。当時も生理用の下着などはあることはあったのですが、着物を着るとかさばってしまって大変なんですよね。私はそういうのがいやだったので、月経でもお腰をつけているだけでした。でも、中に紙をつめたりしなくてもたいていは大丈夫でしたよ。
月経中はいつも粗相をしないように自分で気をつけていました。歩く時などはなにか紙のようなものを股の間にはさむような姿勢で、あまり大きく足を開かないようにしていました。そのうちおなかのあたりが気持ち悪くなってくるので、そろそろ出そうだなというのがわかるんです。そしたら出ないようにマタを締めてお手洗いに言って、たまっていたものを出すんです。(p.31)

このような加藤さんでしたが、夜は寝ている間にしくじったりしないよう、一晩に3~4回目が覚めてお手洗いに行っていたそうです。また、小唄のお師匠さんや、周りの年配の女性に、月経中には粗相をしないよう気をつけるように言われたとか、「月経の時はからだの感覚で出そうな感じが分かるはず」と言われた、という描写もあります(p.31~32)。

若い頃はこのようにお手洗いに行って出していれば、月経中でも何の問題もありませんでした。でも、30歳を過ぎてから月経の量がずいぶん多くなってきたんです。それで何回もしくじったり、粗相したりするようになって、いろいろと苦労しました。(p.33)

それで、加藤さんは、お友達に教えてもらって、薬局で売っている、「綿をかちかちに固めた、ひものついた棒のようなもの」を詰めるようになりました。しかし、これはタンポンのように奥まで詰めるものではなく、あまり長くはもたないので、しょっちゅうトイレに行っていたそうです(p.34)。

加藤さん以外の方の聞き取り内容について以下にまとめます。

  • 戸田さん(49歳)…第3章

高校生の頃、月経の量が多く、ナプキンを使用しても授業中の1時間持たない状況だった。自分なりに工夫して出血をある程度抑えておき、トイレで出せるようになった。

産婦人科の権威。日本家族計画協会会長など。「日本女性の月経」という著作があり「過去の文献や資料、調査結果などに基づいて私の長年の研究をまとめたもの」。10世紀の月経帯、平安時代の当て物、江戸時代のタンポン(「赤玉」等と呼ばれていた)などの話。しかし「言語化されていない部分で月経血コントロールをしていた女性たちもたくさんいたのかもしれません。」と言います。根拠としては、脱脂綿がない時代、上質な当て物を使っていたのは一部の上流階級の女性に限られていて、そういしたものがない女性たちは、当然、何らかの方法でからだの使い方を工夫する必要があったのではないかと思うから。また、昔の女性は骨盤底筋が鍛えられていた(p.72)。

  • 岡本さん(48歳)…第5章

浅草で生まれ育った。元芸者の女性から「性教育」を受けたり、寄席で艶笑ものの落語を聞いた。お座敷芸で、膣で筆を持って字を書いたり、膣の中に碁石を入れて、言われた数だけ出したりする話を聞いた。月経の話はおおっぴらにしなかった。着物のひとの月経処理については「T字帯を使っていた」と聞いたことがある。

「運動科学の第一人者」。「株式会社 運動科学総合研究所」(「「ゆる体操」をはじめとした健康/トレーニング教室の運営、地方自治体・企業等への体操指導員の派遣など(ホームページの会社情報より)。)所長。三砂氏と共著で月経血コントロール関連の書籍を出版。「ゆる体操」の考案者。月経血コントロールの具体的な方法など。

  • 神津さん(45歳)…第7章

運動科学総合研究所」の主任研究員。三砂氏に会うまで月経血コントロールについては知らなかったが、運動科学総合研究所でのトレーニングを積んでいたため体はできていてすぐできるようになった。「ゆる体操」を元にした、月経血コントロール等を指導する「大和撫子のからだづくり」講座を指導。

  • 佐野さん(仮名)(36歳)、毎田さん(33歳)、太田さん(35歳)…第7章

運動科学総合研究所」の「大和撫子のからだづくり」教室に通っている。練習して月経血コントロールできるようになった。

分量的には第7章がもっとも多く、80ページくらいあります。本全体が220ページくらいですから、3割以上が「大和撫子のからだづくり」教室関係者の話ということになります(株式会社運動科学総合研究所長の高岡氏の話を入れると、全体の半分くらいがその関連の話ということに…)。

 

昔の女性はみんなできていた?

本書の中で、月経血コントロールについてはっきり語ったのは、先斗町の元芸妓さんと、90代の料亭などで働いていた方の二人です。三砂氏は、

ただ、どの方にお話を伺っても、月経血を「コントロールしている」という意識はとても希薄です。「もれないように気をつけている」から、結果としてコントロールできているわけですが、ご本人にとってはあくまでも当たり前にやっていることなのです。
「月経血コントロール」がこれまで言葉として伝わってこなかった、言語化されてこなかったという一因は、そういうところにもあるような気がします。今95歳以上で月経血コントロールをしていた女性たちも、自分としては無意識にやっていたことなので、わざわざ娘に伝える必要性も感じていなかったのかもしれません。(p.21)

といったことや、昔の月経の手当として簡単な詰め物が使われていたことから、無意識に月経血コントロールを行っていたに違いない、とことのようです。

確かに、それは一理あるかもしれません。証言されている中にもあるように、経血量が多すぎるなどで自分なりに工夫する中でできるようになる人がいるとすれば、昔の人がそういう工夫をしていたとしても不思議ではないです。でも、この証言の内容から、「90代以上の女性たちにできたことが、今はもうできなくなってしまっている(p.25)」「女性から女性へ伝えられてきたもの(同)」「昔ながらのからだの知恵(p.11)」などと言うのはどうでしょうか。

まず、月経中の過ごし方や手当の仕方については、今とは違って、社会的地位や地域によって隔たりがあったはずです。地域によっては月経小屋*3に隔離されて過ごすところ(特に農村や漁村)もありました。こういった農村や漁村の女性、都市部の庶民の女性、武家の女性、芸妓さんなど、まったく異なる習俗を持っていたわけです。ごく一部の人の話から「昔の女性は」などとざっくり言ってしまっていいのかな?と思います。また、体質の個人差の問題もあります。第2章で証言した加藤さんも、若い頃は経血が少なかったから生理用品は不要だったが30歳以降には生理用品を使用するようになった、と言っています。

また、「伝えられてきたもの」「知恵」と、まるで伝承されてきたもののように言っているのもなんだか違和感があります。その一方で、「言語化されていない」だとか、当事者にもコントロールしている明確な意識がない、ということも言っています。証言している人も、母親や身近な女性にやり方を教わったわけではありません。そうじゃないのに「伝わった」というのは、忍者の秘術みたいな、神秘的な感じですね。もちろん、言語化せずに伝えられていくものもあるとは思いますが、「粗相しないように」というようなことを言ったとしても、具体的にどのようにするのか教えられないことを、「知恵」と呼べるものでしょうか。

この本からわかることは、「昔の女性の中にはそういうことをしている人もいた(今の女性にもいる)」ということです。実際、本書の中でも「できる人がいた」という表現を使っているところもけっこうあるのです。でも、月経血コントロールを勧めるサイトなどで、「昔の女性なら誰でもやっていた」「昔の人は経血を完璧にコントロールしていた」「生理用品なんて不要だった」「女性であれば本来誰でもできる」まで言ってしまっている記事を見かけます。これはかなり盛っているといえます。
 
 
 

月経血コントロール推しの裏にあるもの

三砂氏は、現代のようにナプキンなどに経血を吸収させるのは「垂れ流し」だと言います。

このような観点から見ても、月経という毎月の経験を、意識的に過ごすということは、とても大切なことだといえます。垂れ流し状態の現状は、月経を無意識にやり過ごしており、とても「もったいない」ことです。(「オニババ化する女たち」p.82)

大和撫子のからだづくり」講座受講者も「ずっとなんとも思わずにしてきたことなのだけど、今では垂れ流しにするのはおもらししているみたいではしたない、とさえ思ってしまいます(p.196)」と言います。この、「ちょっとした優越感(目覚めた私、すごい)」が、月経血コントロールの人気の秘密の一つかもしれません。しかし、この自信みなぎる月経血コントロール推しには、ちょっと引いてしまいます。あとがきにはこんな文章もあります。

「月経血をコントロールできる」というと女性の眼の色がパッと変わります。どんなにぼんやりしているようなときでも、この話を聞くと女性が一瞬見せる真剣なまなざし…はっきりとはわからないながらも、「月経血コントロール」にはなにかとても重要なことがあるのではないか、という動物的なカンのようなものがひとりひとりに働いているようです。(p.220)

うさじま個人的には、眼の色がぱっと変わることも、動物的なカンが働くこともなかったです。正直、「昔の人はすごくたくさん歩くことができた」とか、「マサイ族はサバンナ生活するため視力がめちゃくちゃいい」と同じ、必要に応じて引き出される人間の能力の一つですね、くらいにしか思えないのに、どうしてこんなに持ち上げるのか、違和感がありまくりです。そこで、この「月経血コントロール推し」の背景にある思想について考えてみることにします。

三砂氏は、別の著書「オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す」(光文社新書)の第二章「月経を『やり過ごして』よいのか」でも、月経血コントロールを取り上げています。「オニババ化する女たち」の方を読むと、より三砂氏の思想的背景が理解できます。「オニババ化する女たち」は、副題を見ても分かるように、現代女性が身体性や女性としての経験を軽視している風潮を憂慮する内容です。

女性として生まれてきたからには、女性の性と生殖についての性、つまり月経や、性経験、出産といった自らの女性性に向きあうことが大切にされないと、ある時期に人としてとてもつらいことになるのではないか、ということです。
表現は怖いのですが、オニババ化への道です。反対に、自分の身体の声を聞き、女性としてからだをいとおしんで暮らすことができれば、いろいろな変革を遂げることができるのです。それは、成長であると同時に、とても楽しい経験でありうるのですが、今の日本では、あまり大切にされていません。(「オニババ化する女たち」p.4)

これはけっこうすごいことを言っています。でも、ほんとにそうなのか、なんでそうなのか、の根拠はとくに示されていません。三砂氏が色々な国で母子保健やリプロダクティブ・ヘルスに関わってきた中で「感じたこと」だそうです。

また、三砂氏は、医療が女性の身体に介入することを好ましくないとお考えのようです。

私は「女性の保健」といわれるものに、モデルは二つあると思います。ひとつは「医療が女性のからだを管理するモデル」、もうひとつは「女性が自分のからだに向きあうようなモデル」です。(同 p.38)

医療が女性のからだを管理する」の中には、コンドームやピルなどの医療技術の使用法を教える性教育、妊娠したらまず医療機関に行くこと、病院での出産、ホルモン補充療法などが含まれるようです。「女性が自分のからだに向きあう」に含まれるのは、「自分の排卵がわかるようになる」「子宮の動きに留意する」などです。

「オニババ化する女たち」に書かれた、三砂氏の考えをざっくりまとめてみると、こういうことのようです。「昭和三十年代以降、お産が病院で行われるようになったが、病院での出産では自分のからだにしっかり向き合えず、当初は母乳よりミルクが推奨されていたこともあって、出産や授乳を通した身体的な子どもとのつながりが希薄になった。その結果、フェミニズムによって開放され自由に生きることができる娘世代を妬んでいる。そして、女として生きることや子どもを産むこと、結婚そのものに対して肯定的なイメージを持てない。それが、60、70代であり、その世代が次世代に「からだの知恵」を伝えていないのが、現代の女性が身体性を失った元凶だ。」同様のことは「昔の女性はできていた」でも簡単にふれられており、「この70代、60代の方々は自分のからだを素晴らしいと感じる経験をした実感が乏しい世代ではないかと思います(p.21)」としています。

そして、世代の断絶により、身体性を失った現代女性も、月経血コントロールをし、自分のからだと向き合うことで、月経をいとおしむ、自分のからだをいとおしむ気持が芽生え、自分の女性性を肯定的に捉えることができることができるようになる、というわけです。

からだの大切さを実感するにはどうしたらいいのか。そのひとつのきっかけになるのが「月経血コントロール」なのではないかと思います。自分で月経血をコントロールするというからだの知恵を身につけることができれば、月経のたびに自分のからだと向き合う機会も得られます。(p.24)

自分のからだと向き合う」は「昔の女性はできていた」「オニババ化する女たち」を通して頻出するキーワードとなっています。「昔の女性はできていた」に登場する「大和撫子のからだづくり」講座受講者の体験談にも頻出しています。「自分のからだと向き合って、月経血コントロールができるようになると、月経がある女性の身体の素晴らしさを改めて認識できるようになっていく(p.150)」など。

このような「月経とがっぷり四つ」「自分の身体と向き合え」思想には既視感があります。布ナプキンを勧める一部の人たちにも共通する思想なのです。月経血コントロールのためには、夜中に何度もトイレに行くために目を覚ますとか、1時間置きにトイレにいく(p.178)だとか、仕事に没頭して生理中だと言うことを忘れてしまわないようにトイレットペーパーを丸めたものを膣口に当てておく(p.162)だとかいう努力が必要になります。経血の染み込んだ布ナプキンを手洗いするのと同様、あえて月経に「煩わされる」ことで、自分の身体や女性性と向き合う、というわけです。

はじめ、三砂氏の著書では布ナプキンと月経血コントロールの関連は特に触れられていませんでした。しかし、実際には布ナプキンを使うことで月経血コントロールが可能になるというような言われ方をすることもありますし、布ナプキンにはまっている人たちの中では月経血コントロールの話題はよく出てきます。それを受けて、「昔の女性はできていた」の文庫版のあとがきでは布ナプキンについて触れています。この二つを結びつけた書籍等があるかもしれませんが、もともとかなり思想的に相性がいいと思われます。

結局のところ、「月経と向き合うべき」の裏にあるのは、「女性の身体を近代化するな」ということのように思えます。医療や科学技術(高性能の生理用品など)によって、月経や妊娠、出産という、かつて神秘のベールの向こうにあったはずのものが、科学や医療といった理性の営みの対象となることへの危機感のようなものを感じます。「排卵日を知る」話は象徴的だと思います。月経血コントロールで排卵日がわかるようになったという女性は、「基礎体温はつけていない」と言っています。そう、排卵日を知りたければなにも月経血コントロールで鍛錬しなくても、基礎体温をつければいいのです。基礎体温をつけ、「おりもの」の変化等に気をつけていれば、ある程度客観的排卵日を知ることができます。しかしそれでは意味がなくて、あくまで自分の身体で「あ、いま排卵したわ!!」みたいな感覚がなくてはいけないのでしょう。

さらに、女性が自分の女性性に振り回されずに人生を送ることが、「間違っている/ありえない/許されない」といった気持があるように思います。「オニババ化する女たち」ではかなり露骨にそれが書かれています。

女性というのは、自分のからだを使って、セックスしたり出産したりということをしていないと、自分の中の、女性としてのエネルギーの行き場がなくなる、と私は捉えています。(略)やっぱり人間として、女として生まれてきたら、女としての生を生きたい、というからだの意思がありますから、それを押さえつけて宙ぶらりんな状態にしていると、その弊害があちこちに出てくるものです。
からだが実際に具合が悪くなってしまったり、たいへんイライラしてしまって、人をまったく受け入れられない人間になってしまったり、ものすごく嫉妬深くなったり、自分ができないことをしている人を見るととても許せなくなったり……。自分のからだを使って、性経験や出産経験を通じて穏やかになっていく女性とは正反対の方向へ行ってしまうわけで、そういう人たちをオニババと呼んでいたのでしょう。(「オニババ化する女たち」p.152-153)

 

 
女として産まれたからには、女として出来る経験を味わいつくしたい。いついかなる時も、女性であることを忘れず、それを再優先にしたい」という信条を持つことは、悪いことではないし、個人の自由です。しかし、「それをしなければ人間としておかしくなる」と、特に根拠がないのに言い切ってしまうのは納得できません。女性であっても、同時に一人の人間でもあるわけで、何を人生の優先事項とするかは人それぞれではないでしょうか。もちろん、ヒトも動物ですから、身体を完全に無視して生きることはできないでしょう。しかし、同時に、ヒトは知性を発達させることで生き残ると戦略を取ってきた生き物でもあります。本能を満足させればそれで事足りるというわけにはいかないのです。少子化問題との絡みで、「女性は、本来子どもを産みたがるものだ」という言説が重宝されそうな昨今ですが、こうした物言いには気をつけなければならないと感じます。「女性は自分のからだを使って、セックスしたり出産したりしていなければ、人間としておかしくなる」などと言う言葉は、三砂氏の考えとは逆に、女性性に誇りを持てなくなるような言説としても働き得るものですし、女性の生き方の幅を狭めるものでもあります。「自分の身体を素晴らしいと感じる体験」は、かならずしも性や出産を通したものでなくてもよいと思います。それを通してしか得られないものもあるのかもしれませんが、そんなに押し付けなくてもいいと思うのです。

それから、「自分の身体とむきあう」ために、医療介入を拒否するというのには疑問です。女性にとって(男性にとっても)自分の身体を知ることは大切です。しかしそこに客観的な目や医学知識(むしろこれは受け継がれてきた身体の知恵そのものだと思う)が入ってはいけないのでしょうか。なぜ、紙ナプキンに月経血を吸収させると、月経と「向き合う」ことができないのでしょう。医学的な知識を活用することで、昔とは異なる形で自分の身体と向き合うこともできるはずです。例えば、基礎体温をつけてみるとか(実はここ半年ほど基礎体温をつけているのですが、月経周期がおもったよりはっきりわかるので自分の身体に感心してしまいました。そして、体温の変化以外の体調の変化と月経周期の関連についても、実感することができます)。妊娠・出産についても、医療のちからを借りたからといって「味わえない」ということはないでしょう。それに、この分野に関しては「無事に生まれる」以上にすばらしい「味わい方」はあり得ないと思います。

さらに、布ナプキン界隈にも共通するのですが、近代化以前の女性の人生や月経の扱い方について、ユートピア的に捉えるのは違和感があります。それについては以前のエントリにまとめてあります。

こちらでも紹介した以下の文献によれば、三砂氏が「出産が病院で行われるようになった」としている昭和30年代は、アンネナプキンが発売された頃でもあり、その頃初潮を迎えた以降の年代で月経に対する見方が肯定的に変化していることが示されています。

 
  

 

医師は月経血コントロールをどう見ているか

「月経血コントロール」で検索すると、「PMSが軽くなる」「月経が早く終る」「生理痛が軽くなる」など、布ナプキンと似たような「身体によい」体験談がいっぱい出てきます。では、お医者さんたちはどう見ているのでしょうか?

 

月経血コントロールが「からだによい」というデータは特になく、あまり興味も持たれていないようです。三砂氏に言わせれば「医療が女性を管理する」のはよくないことなので、お医者さんの意見はどうでもいいと思われていそうではありますが。

ちょっと調べてみた&お医者さんに伺ってみたところ、骨盤底筋を鍛えること自体は、尿漏れや産後子宮脱の防止に意味があるようですが、あまり過度な期待はせず、PMSや月経痛がある場合には産婦人科へ相談されることをおすすめします。このへんも、布ナプキンと同じですね。

 

 

 

 

 

 

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